公開記録のおわりに―《家を継ぎ接ぐ》の15ヵ月

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2017年7月31日、〈ことのはじまり〉という記事から、暮らしと記録のプロジェクト《家を継ぎ接ぐ》が始まった。

当時、わたしは32歳。20代からの同棲・結婚生活を解消し、東京都心で一人暮らしをして3年目。「この先どうやって生きていこう」と思い悩んだ末にひらめいたのが、祖父母が遺した一軒の空き家(このサイトではたびたび「家」とカギカッコつきで呼ぶ)への引越しだった。そしてその過程をオンライン上で記録することも含め、あえて「プロジェクト」と呼ぶことにしたのだ。

ことばを仕事にしながらも、個人的な意見の発信を避けてきた自分にとって、《家を継ぎ接ぐ》は人生で初めての“表現”(的なもの)でもあった。恐る恐る記事を最初に見せたのは、「家」に関心を持ってくれた作家のH。彼が「おもしろいと思う。続けてほしい」と背中を押してくれたから、ウェブサイトを公開できた。

それからはことばを紡ぐごと、不思議な縁に恵まれ、わたしの生活は、蔓が伸びるようにするすると自然に形を変えていった。

そして、15ヵ月後。

2018年10月31日現在、わたしは34歳になり、3歳年下の弟と二人で家に暮らしている。この15ヵ月の間に、「家」は姿を変え、様々な人が訪れ、暮らしの場所としてすっかり安定した。ときどき事務所になったり、合宿所になったり、宴会場になったりもする。このウェブサイトでも合計67本の記事を公開した。

家族観や人生観は一人ひとり異なる。記事を書くごとに、誰かを傷つけないかと不安になった。同時に、他者を傷つける可能性があるなら、どれだけ自覚的なことばを使えているかと毎回問うた。たかだか個人のウェブサイトだけど、そこまで考えることが大切で、そこまで考えたからこそプロジェクトと呼べた。

そして今、発見に満ちた時期が終わろうとしている。少しずつこの暮らしが当たり前の状態になってきたのだ。ここから先は、「1記事1テーマ」「ただの日記にしない」「ライフスタイルの提示はしない」というルールを守るのも難しくなっていくだろう。

だから、少し唐突だけど、《家を継ぎ接ぐ》の公開記録はこれで終わりにしようと思う。

とても地味で、ささやかで、そして悩みに満ちたこの公開記録に、多様な人が共感してくれたこと、様々な手助けをしてくれたことが幸せだった。新しい出会いや、嬉しい機会に恵まれた15ヵ月だった。

読んでくれた人、感想をくれた人、家まで来てくれた人、改装や宴を手伝ってくれた人、取材をさせてくれた人、秘密を打ち明けてくれた人、この小さな試みに関わってくれたすべての皆さん、ありがとう。幸せでした。

最後に。15ヶ月間に渡る公開記録の締めくくりとして、〈ことのはじまり〉で掲げた、「考えていきたいこと」をベースに、記事を引用しながら振り返りたい。

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1. ゼロリセットしない/気配と暮らす

いわゆる「リノベーション」は空間のリニューアルだけでなく、家に溜まった情報のリセットも兼ねていると思う。でも、気配をそのまま残して暮らしてみるのは悪くない。それはまるで本の中に暮らすような体験だ。

その家は、少しだけ変わっている。機械エンジニアだった祖父が自分で設計したらしく、暖炉のような意匠があったり、レンガ風の壁があったり、はたまたそのすぐ隣に和室があったり、謎の和洋折衷継ぎ接ぎの家なのだ。――2017710日〈計画〉

「家」に引越したら、人間はわたしひとりだけど、先に刻まれた先人の情報群に囲まれることになるだろう。昔の過敏なわたしだったらきっと、気持ち悪くて耐えられなかったのに、今はそのほうが落ち着く予感がする。――201784日〈家の情報量〉

すると庭には直接雨が降るようになり、日が照るようになり、霜が降りるようになって、植生が変わった。――2017813日〈庭の歴史〉

2. 東京をながめる

「東京」は生まれ育った場所。好きでも嫌いでもなかった。だけど30代に入り、妙に気になるように。オリンピックが来るから? 消費のスピードに身体がおいつかないから? 大きな対象は少し離れてみると観察しやすい。東京ってどんな場所なのだろう。

気を紛らわすためにも賑やかなまちを選んだ。おかげで、毎日本当に騒々しくて、息つく暇もなかった。寂しくはなかった。タフにもなった。ただ、刺激に動じなくなった分、わたしの中の何かが鈍くなった気がする。――2017917日〈東京南側〉

「ぼく、前回のお引っ越しも担当してますよね…? 覚えているんです、このアパート」――2017928日〈再会のフレーズ〉

東京のスピードはちっとも届かず、父の田舎ほどの共同体感もなく、かといって郊外の主役である家庭生活はここに無い。――201823日〈ドラマ〉

3. 家族をながめる

結婚とは。家庭とは。家族とは。逃げ出したその場所を遠巻きで見ていたわたしが、ずっと疎遠だった弟と暮らしはじめた。いい年したきょうだい暮らしの中で「家族」について再度考えるように。ようやく向き合い始めた、とも言える。

結婚して苗字が変わったときは何ともいえない「変わってしまった感」にショックを受けた。すごくモゾモゾして、寂しくて、馴染めなかった。――2017810日〈苗字と表札〉

おはよう、と、台所に降りていくと、大抵その日のスープが温められている。弟はダイニングテーブルで書き物をしていて、わたしが起きてくると朝ごはんの支度を始める。――20171127日〈台所中心〉

「俺、職場でさすがに言ってないもん。亡くなったばーちゃんの家で姉と暮らしてるなんて」――2018224日〈プカプカ浮く〉

お互いに独身で自分の家庭を持たないわたしたちきょうだいは、血縁上は家族だけど、生活上は世帯も家計もバラバラの「個人」だ。――2018424日〈解体へ〉

4. たくさんの視点で面白がる

家の物語は多様だ。《家を継ぎ接ぐ》を始めてから、「実はうちも」と、友人知人から様々な話が寄せられるようになった。実家の解散、前向きな夫婦別居、33歳差のルームシェア……。たくさんの視点で面白がることで「当たり前」がだんだん溶けていく。

「家族の家じゃできない暮らしよね、確かに。この部屋見て、あーこういうことか、こういうことしたかったんだって、わかったのよ」――201797日〈お父さんの秘密基地〉

邦画のセットみたいな可愛い家は、「丁寧な暮らし」を連想させる分(そして実際そうしないと色々手がかかる分)、「丁寧にやりきれない暮らし」を浮き彫りにするに違いない。――201854日〈リスの棲む家〉

高齢のおばあさんの介護のこと、子育てのこと、始まったばかりの3世代生活のこと。各地を行き来してクリエイターとして働いていくこと。自由な生き方をしながら、「家族」や「家庭」をしっかり引き受ける彼らには、不自由な課題もある。――201877日〈目隠しはいらない〉

友達が友達のお母さんと暮らしはじめた。と、書くと普通の親子のようだけど、そうではない。友達のRちゃんと、別の友達のTちゃんのお母さんが、血縁関係もないのに同居することになったのだ。――2018107日〈よその子、よその親〉

5. いろいろな人を巻き込む

巻き込んだのか、巻き込まれたのか分からないけど、いろいろな人が「家」にやって来た。飲む人、集う人、撮る人、創る人、書く人、調べる人。多様な関わりかたが「家」と「わたし」を変えていく。

その良く知らない人がなぜ家に来るかというと、祖父母の写真アルバムに強い関心があるかららしい。彼は見知らぬ素人が撮った古い写真をリサーチしていて、そういったものにとても興味があるとのこと。――2017731日〈開栓〉

休日出勤の振替日、3人の助っ人とともに「家」に向かった。空間設計のIさん、コピーライターのMさん、カメラマンのK君と。名目は我が家の「視察ツアー」。――2017821日〈3人の助っ人〉

暮らす場をつくる作業は、想像以上に大変だった。ヘロヘロになりながら、「ひとりじゃなくてよかった」と何度も口にした。朝から晩まで色々な人の手を借りて家を片付ける、賑やかな毎日。――2017103日〈手を借りる〉

家には、知らぬ者同士も、仮想「親族」にしてしまう、そういうコードが染み込んでいる。…の、かも。――2017830日〈イトコ化する空間〉

1月3日、晴れ。「喋ったね〜。まだ喋れそうだね〜!」と笑いながら、Nさんと駅で別れた。「またエスケープしに来るね!」と帰っていく彼女。――201814日〈エスケープ〉

6. 「身の丈」の実際のところ

基本的な生活能力に乏しいわたしは、「ちゃんとしなきゃ」に追い詰められた末、「苦手なものは苦手」と開きなおった。堂々と白旗を振りながら、身の丈で生きてくしかない。どこで暮らそうと、自分のサイズは変わらない。

引越しを前に大掃除をしている。キッチンの乾物入れを確認したら、どれもこれも賞味期限がとっくに切れていて情けなくなった。――2017918日〈乾物〉

台所の穴の存在を忘れていたわたしは、人が落ちないよう細く開けてあった気遣いサイズの隙間に左足だけハマって落ち、見事な青アザつくった。――2017910日〈物語る〉

「あんたまぁー、材木屋になりたいわけじゃないだろう? こんなに古い枝残しちゃダメだよ! 蒸れちゃうんだから。こういうところで切るの」――20171027日〈門を開ければ〉

7. 「いい暮らし」ぶらない/リアリティ

《家を継ぎ接ぐ》で大切にしてきたのは、書く主体のリアリティだ。一見、穏やかで楽しそうな郊外生活の根底にあるのは、30代女性としての孤独と悩み。それを他者にとって「読めるもの」にするのが、自分に課した小さな宿題だった。

恐怖や危機感すら、共振先や守るべき人がいないと、鈍るのだ。「ねぇ、このニュースさ」と、言う相手は、人間らしさを保つために必要だなぁと切実に思う。――2017829日〈小さな小さな物語〉

この広い世界で共生可能な相手を探すことは、惑星探査みたいだ。――20171219日〈惑星探査〉

子どもの自意識を捨てられないまま、大人になってしまった。わたしの人生における様々な出来事の、様々な判断の、様々な言動の根っこのほとんどが、岩山の問題につながっているのにも、薄々気づいてる。――2018727日〈岩山の父〉

8. 生々しくて楽しい場所

「ライフスタイル」ということばが苦手だ。幸せの物差しは自分でつくったほうが楽しいと思う。たとえそれが、ちょっと珍妙な姿だとしても。

出来上がったご飯。美味しかった! ――20171010日〈家を灯せば〉

いい眺めだった。4歳児も20代も30代も40代も60代もいた。大学の後輩も、前職の同僚も、今の仕事仲間もいた。中には一度だけしか会ったことのない、関西在住のお客さんもいた。わたしは幸せだなぁと家の端で感慨に浸っていた。――2017125日〈芋を煮た〉

驚いた。「快適」とか「楽しい」とか「充実している」は感じてきたけど、手放しの「幸せ」は、何年もどこかに置き忘れていた。忘れていたことすら、そのときまで自覚がなかった。驚いた。この唐突な幸福感は何だろう。――20171127日〈振り子〉

9. 「家」と「わたし」のいい案配

いまや住み手の定まらない住居も増え、住処の定まらない個人も増えていると思う。「わたし」と「家」の関係も一時的なものだ。だけどその曖昧さ、軽やかさ、遠さが実はちょうどいい。

わたしがこれからつくる仕事は、ゆっくり人と組織につき合う仕事だ。だからわたしは、その分の余裕を自分の内側に溜めておかないとだめ。そのための家。そのための暮らし。――2017711日〈身の丈〉

「家」は、わたし個人の持ち物ではない。この先誰が住んでもいい、入れ替わってもいい、家族や友人と暮らしてもいい。必要なときの「みんなの避難所」で、今回はわたしが間借りするだけ。誰も住まない家は朽ちていくし、かといって一人で背負うには重すぎる。――20171012日〈きょうだい〉

生活に煩わされず集中してつくりたい。期間を決めて本気で挑戦したい。だから……と、「家」で暮らすことになったのだ。――2018826日〈一日助手〉

10. さまよう「わたしたち」のために

「わたしの話」を「わたしたちの話」に接続する。それが《家を継ぎ接ぐ》の一番の目的だった。同じようなことに悩み、躓き、考えている人たちに出会いたい。すぐに解決するわけではないけれど、一人じゃないということはそれだけで心強い。

ほぼSNSだけでつながっている女性からは、気持ちが軽くなった、ありがとう、何か手伝いたいというような熱いメッセージをもらった。――2017719日〈たぐり寄せ〉

本当に何も知らない相手だったので、通話を終えた後、妙にソワソワした。離婚に伴う改姓なんて、わたしに言わなくても電話の取次はしてもらえるし、わたし達は長く続く関係でもない。でも、彼女は誰でもいいから言いたかったのだと思う。――2018613日〈電話と時計〉

誰とどんな風にどうやって生きるかは、考えても語っても、なかなか思うようにはいかない。だけどわたしが元気で、場所があるうちは、頼ってくれる人に肩を貸すぐらいの余裕は持っておけたらいい。――201853日〈バックアップ〉


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改めて、よく書いたものだと思う。自分がこんなに饒舌かつ赤裸々な文章を書くとは想像もしていなかった。また、たった15ヵ月で生活ががらりと変わったことにも驚く。

「こんな34歳でいいのか」と思わなくもないし、意地悪を言ってくる人も多少はいるけれど(そういう人と物理的距離をおけるのもいいところ!)、都会で孤独を感じていたわたしが、人に囲まれて楽しく生き延びているのだから及第点だろう。

「家」での暮らしはまだまだ続く。公開記録は終わるけど、わたし自身は密かな観察と記録をこれからも続けていきたい。

もちろん、家を継ぎ接ぎしながら。

(2018年10月31日)


*追伸:以下の住宅シンクタンク報告書に、友人で劇作家の石神夏希さんにによる《家を継ぎ接ぐ》を考察したエッセイが掲載されています。よろしければ、ぜひどうぞ。「幸福と呪い」がテーマのとても面白い論考です。わたしも、ウェブサイトには掲載していない記事〈大きな冷蔵庫〉を寄稿させていただきました。経緯については、〈ことばを脱ぐ〉〈「解体」へ〉で紹介しています。

『住宅幸福論 Episode1 住まいの幸福を疑え』(2018年、LIFULL HOME’S総研)(P.142-160 石神夏希『住宅幸福論 ―幸福解体編「家庭の幸福」という呪いを解体する』)

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